連休が終わると、私の仕事量が一気に増加します。
私たちの会社の決算日は7月20日ですが、決算日の少し前に全社員に次期経営方針を発表します。以前は、決算を終えてから方針を発表していたのですが、決算日を迎えたからと言って、気を緩めるような世の中ではなくなっていますので、10年ほど前から変えました。
当然のことながら、経営方針に数字は付き物です。4月20日段階の経営数字を参考にして、かつ決算の状況を予測して作成します。これが結構難しいのです。5月は連休で多くのお客さまが休まれます。従って、利益率が極めて低くなり、赤字も普通にあり得るのです。その赤字分をも加味した上で、予測数字を組み立てていきます。
更に、売上予測も難しいものです。営業部門はどうしても安全幅を見た売上予測を行います。特にベテランになればなる程です。期中に何度も営業部門に売上予測をさせるのですが、その数字をベースにして予測数字を作るのは極めて困難な作業です。
それでも慣れてきたのでしょうか、かなりの確率で殆どの数字が私の予想通りとなります。大体の誤差は、経常利益でプラスマイナス3百万円位でしょうか。その程度であれば、経営には大きな影響を与えることは、全くありません。
私の仕事が、経営数字を発表するだけなら楽なのですが、全社員に手帳サイズの経営数字や各種の方針、ルールなどを記載した「事業発展計画書」なるものを配布しています。大変なのはこの内容の作成なのです。
私が担当する頁数だけでも80ページ以上、文字数にして4万字程度、つまり400字詰原稿用紙100枚程度の大作です。これだけの大作は大学の卒業論文並になります。これを毎年、作成するのですから、結構な労力であることをご理解いただけると思います。
更に、原稿の締め切りが5月末までなのです。印刷や装丁があるので当然なのですが…。これが厳しいのです。と言うのは、連休明けに幹部と合宿を行った上で、決定する方針も多いからです。その調整なども行う必要も生じます。正直に言って、毎年昼夜が逆転する時期でもあります。
更に都合の悪いことに、この時期はヨットには最適なシーズンでもあるのです。風も初夏の風になり、心地よい季節です。原稿を渡してしまえば、後は私の仕事ではなく、校正担当者と印刷屋さんの仕事なので時間は出来るのですが、残念なことに梅雨がやってきます…。
毎年、頑張ったご褒美に数日の休暇をもらって、ヨットでプラプラと出かけようとは思うのですが、入梅の声を聞き悲しく断念する始末です。
こうなれば、決算期を変えてしまえ!と毎年思うのですが、さすがに社長がヨットに乗りたいから、と言って決算期を変えた会社を聞いたことが無く、控えています。
それほど私が耐え忍び作成したので、せめて社員の皆には作成に要した時間の半分くらいは、熟読して欲しいと願うのは、私のエゴなのでしょうか…?



連休明けは早朝から会議でしたので、早めに会社に行きましたら、招き猫が玄関前に座っていました。
ガラガラと門を開けても逃げることなく座っていました。
連休前に怪我をしていましたので、捕獲命令を出していた猫だけに、朝から嬉しくなりましたので、ご報告させて頂きます。
私は招き猫にしか見えないのですが、皆さまは如何でしょうか?
何処のフィットネスクラブにも典型的?なパターンの方がおられます。適度な運動を求めている方がやはり一番多く、次に多いのが、サウナやお風呂に入りに来ているとしか思えない方たちです。
比較的少数派ではあるのですが、真剣に運動をしている方もおられます。例えば、トライアスロンやマラソンを趣味としている方、ボディビルダーのように筋肉を一杯付けようとしている方、医師の指導でメタボ対策をしている方たちです。
私も昔はお風呂と針治療が中心の、比較的人数が多いグループの1人でした。処が、医師の厳命により運動を始めてからは、人数が少ないグループの1人に移行したのです。
運動は続けていると強度が徐々に上がります。当初は、クロールと平泳ぎを交互にして1キロを泳ぐのが精一杯であったのが、徐々にクロールだけで休み無く泳ぎ続けることが出来るようになりました。泳ぐ早さも1キロ泳ぐのに40分くらい要していたのが、現在では20分もあれば泳げてしまいます。
そうこうしている内に、筋トレも入れた方が良いとか、ランニングやバイクも入れた方が良いとか言われ、何故かかなりハードな運動メニューになってしまいました。
時間に余裕がある時の私の運動メニューをご紹介します。
各種筋トレを40分程度、次にランニングマシンとエアロバイクで計1時間程度、続いて500メートルバタ足、そしてクロール2キロで終了です。
これが大体のフルコースです。コースの総てをこなすには3時間ほど要しますので、当然、時間が無い時にはメニューが省略されます。勿論、休憩時間などありません。時間がもったいないので、休憩はマシンを移動する間のわずかな時間だけです。
このコースの運動は、トライアスロンかマラソンが目的かと誤解されます。当初は、トライアスロンメンバーが勧誘オーラを出していたのですが、勧誘されないように私も冷たい?オーラを出して逃げ切りました。
処が、筋トレをしている時、顔馴染みのボディビルダー系の方から声を掛けられました。「大胸筋を増やそうとしているようですね、効果的な増やし方を教えましょうか?如何です?」と…
私は面倒なことが大嫌いで、本当は運動も嫌いです。単に、医師に何も言われないように頑張っているだけです!その私に、「効果的な」と言う魅力的な言葉を掛けてくれたのです。
当然、二つ返事でお願いした次第です。
結果、何故か、ベンチプレスやダンベル運動が始まりました…。
「体重をあと10キロくらい増やそうか!」と言われました…。
えっ?効果的なって、そう言う意味だったのですか?(体重増=筋肉量増)
筋肉を付けるためには、苦労しないと付きません。苦労?いえ運動嫌いの私に取っては苦痛の苦行が増えただけです…。
決して、「チーム トライアスロン」や「チーム ボディビルダー」のメンバーにはならないぞ!と心に誓っていたのに…。私は何処に向かって運動しているのでしょうか?
北朝鮮のミサイル打ち上げが失敗に終わりました。この失敗は余りにも無謀な失敗であることは、皆さんにもお解りいただけると思います。また、続いて核実験を行う兆候も出ているようです。相変わらず迷惑な国だと思います。
今回は、北朝鮮も珍しく失敗を認めて、直ちにその旨を発表しました。失敗を発表出来るようになったほど、北朝鮮は開放的になったのかと考えるのは早計です。むしろ事実は逆かも知れません。
現在、北朝鮮で最も実力を持っているとされるのは、金正日の妹である金敬姫の夫、張成沢だと言われています。現在、軍隊経験も無いにも関わらず、朝鮮人民軍の大将職に就いています。
今回のミサイル打ち上げに関しては、北朝鮮軍の内部では成功の確率が極めて低いことを事前に知っていました。ですが、張成沢の強い意向により無理矢理発射した処、やはり失敗したと言うのが現実です。
失敗後、直ちに失敗した旨を放送したのは、軍のトップに対して先手を打っただけで、決して解放路線を歩いている訳ではないのです。
その後、注目の金正恩の演説がありましたが、あの演説を聞いて巧いな…と思った人はいないことでしょう。かなりの練習をしたにも関わらず、あの程度の演説しか出来ないと言うことが、これまで肉声が流れなかった最大の理由です。つまり、出来る若者では無いと言う訳です。
これまでは、中国もロシアも波風を立ててくれるな、と言う思いで北朝鮮を見ていましたが、少し様子が変わってきたようです。日本以外の六カ国協議に参加している各国が心配しているのは、北朝鮮軍がクーデターを起こすのではないのか?と言うことなのです。
各国はクーデターが起こる前に、金一族を何とかしなければならない、と考えるようになってきました。
これは日本にとって最大のチャンスでもあります。勿論、拉致被害者の救出のためです。拉致問題の解決は、金一族が排除されないと解決しないのです。いえ、金一族が排除されれば解決する、と言った方が良いのかも知れません。何故なら、拉致犯罪は金正日の犯罪であり、北朝鮮の軍部は荷担していないからです。
今こそ、日本政府はブレることなく、北朝鮮問題を各国に訴えるべき時です。拉致問題が解決されない限りは、日本は北朝鮮に対する制裁姿勢を取り続けるように、各国に訴えるべきだと考えています。
今年の桜も綺麗でした。桜を見ると日本人で良かったと思います。この桜を早く拉致被害者にも見せてあげて欲しいし、ご家族でお花見をさせてあげたいと思うのは私だけでは無いはずです。
来年の桜はご家族と花見が出来ますように…。
実は、4月から新しい役職?仕事?を引き受けることにしました。全くプライベートなことですが、ご報告しておきたいと思います。
4月1日付で、任意団体の琵琶湖ジュニアセーリングスクールの代表理事に就任しました。代表理事と言っても、何も偉くはないですし、金銭的にも無報酬です。報酬どころか、費用負担だけがあるのですから、完全に趣味とご奉仕の世界です。
そもそも、この琵琶湖ジュニアセーリングスクールは、私の子ども時代に通っていたヤマハジュニアヨットスクール琵琶湖が前身です。私が通っていた時代は、石原裕次郎の世代を親に持ち、海に憧れた親が多かったのでしょう、今よりもはるかに海洋レジャーが盛んでした。そんな社会背景もあり、スクールの生徒も45人以上と、かなりの活況を呈していました。
処が、バブルの崩壊と共に生徒数が減少したことに加えて、ヤマハ発動機も運営が負担になったのでしょう、葉山の1カ所を残して国内で展開していたスクール経営から撤退することになったのです。
撤退すると言われても、琵琶湖にはまだスクール生が残っていました。スクール生及びご父兄から何とか残して欲しいとの要望があり、前代表理事がコーチ陣を引き連れ新団体を急遽設立し、運営全般を引き継いだのです。
私はヤマハが撤退する前に、既に東京の大学に行っていましたので、琵琶湖から離れておりましたが、故あり約25年ぶりにコーチとして戻りました。
そして4月の新年度から、新旧コーチ陣の入れ替えを実施する、との方針により責任者に就任した訳です。
子どもたちからは、受講料をいただいているとは言え、昼食代や燃料費などの最低限を満たすだけのため、運営内容は完全な赤字で、ボランティア団体にほかなりません。コーチも手弁当で子どもたちの指導に当たっているのが実情です。
私の人生において、ボランティア団体での活動経験はほとんどありません。ボランティアで参加されているコーチや裏方の方々の期待にどう応えれば良いのかと、模索と手探り状態の新学期が始まりました。
当分の間は、手探り状態が続くと思うのですが、当初の基本を忘れないように留意すれば、期待に応えられるのではないかと考えています。
それは、総ての組織にも言えることなのですが、それぞれの組織が持つ本来の目的を忘れない…と言うことです。琵琶湖ジュニアセーリングスクールは、体験型のヨットスクールとして、次代を担う子どもたちに強く生きる術を少しでも体得願えれば、私たちコーチ陣は本望なのです。
子どもたちが成長する姿を目の当たりにする機会を得ることは、貴重な体験であり宝物でもあります。逆に、子どもたちが私たちを指導してくれているんだ、との感謝の気持ちと責任さえ忘れなければ、道を外すことなく運営出来るのではないかと考えています。
まだまだ駆け出しの代表理事です。失敗も多いとは思いますが、頑張って責務を果たす所存です。
今回は、簡単なご報告でした…。